設計事務所の日記
by kawazoede
インド(デリー)とネパールの旅'17

インド:デリー、ネパール:カトマンズ、パタン、バクタブル、ナガルコットの旅

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1012

午後、関空発のエアインディア機でデリーへ。


初のインド及びネパールの旅だった。

香港を経由する便。

香港に着陸し再び離陸するまでそのまま機内に残り、出発までの時間を待つ。機内の清掃はその時に行われる。初めて見る機内清掃の光景。

大きな遅れはなく21:30過ぎ、インディラ・ガンディー国際空港に到着。

インドの洗礼はまず空港からの可能性があった。

事前に多くの書籍、ネットの検索などでインドでの注意事項も調べた。結果的には少し過剰な心配だったかも知れない。空港出口で特に近づいてくる人もなかった。

夜に到着の便で市街地への移動はやや不安なため、検索の結果、信頼できそうな旅行代理店に送迎を依頼した。

入国審査も問題なく終わり、代理店より指示があった場所に向かうと、予定通りドライバーの姿があり一安心した。

夜のデリーを車は疾走する。この時間でもかなりの渋滞。

宿泊はニューデリー、コンノートプレースのThe parkに予約していた。

ホテルの部屋に入り緊張も取れ、ゆっくりと休む。


1013

デリーの市内の移動の車のチャーターと、ガイドをネットで依頼していた。

予定していた時間に遅れなくホテルで合流。

事前に見学候補のリストを送り、順番はお任せした。

まず、ラール・キラー(レッド・フォート)へ。

レッドは建物に使われている赤いインド砂岩からきている。

ラール・キラーはムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンによって作られた。因みにムガル帝国のムガルはモンゴルを意味する。ムガルはイスラム教徒であり、その他の主なデリーの建築や遺跡、タージマハルはイスラム建築の流れ。当時、少数のイスラム教徒が大多数のヒンドゥー教徒を支配する形になり、改宗を求めずヒンドゥー教を容認したことから、現在の多宗教の共存がある。

インドにヒンドゥー教をイメージしがちだが、デリーを中心としたインドの北エリアで権威を表す建築は、イスラム色が強い。


レッドフォートは要塞であり、外周に赤いインド砂岩の城壁が回っている。

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門をくぐり城壁内に入ると、お土産物の売店が軒を並べている。


その城壁エリアを抜けると広い庭と真直ぐに伸びるアプローチがあって、その向こうにピロティがある建築が見える。

一般の人が王に謁見する際の建物(ディーワーネ・アーム)。

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連続するアーチの形状とその装飾、砂岩が作り出す独特の空間が美しい。

さらに庭を奥に進むと、貴賓客謁見用の建物、女性たちの水遊びの為の建物を見ることが出来る。


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遊興用に水を流して水路を作り、或いは溜めて池とした造りがみられる。

人力あるいは家畜の力で川から水を上げていた様だ。

当時の優雅な生活を伺うことが出来る。 

ニッチに火を灯し、上から水を流したとの事。面白い照明のディテール。


同じく見学で、何組もの小中学生のグループとすれ違う。子供たちは陽気で、私たちを見かけるとフレンドリー に関わってくる。



次への移動の途中、インド門に立ち寄ってくれた。以下は門とポーズをとってくれた知らない男性。

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こちらは上記のイスラムではなく、その後に支配を受けたイギリスによって作られたもの。国内外からの観光客の要所になっている様だ。インドの人々もよく行くらしい。少し難しい質問をガイドさんにしてみた。現代のインドの人々はイギリスによる統治をどの様に考えているのか?答えは、良いこともあれば悪い事もあるとの返答であった。インドは多民族、多宗教が混在する社会。よく考えるとインドの人々の全体に、日本人が好む平均的な考えなどある筈もなく、愚問をしてしまったことを後で後悔した。


車は進み、フマユン廟に到着。

2代皇帝フマユンの廟として建てられた建築。

アプローチが廟に向けて直線的に配置され、その途中に2か所の建物を通過する。直線的なアプローチの最後に廟が見える。

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後のタージマハルの見本となった建築と言われている。ここでも赤いインド砂岩を使っているが、確かに形はよく似ている。基壇の前で、学生さんたちが記念撮影されていた。一枚私も撮らせてもらった。

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基壇となっている部分に階段で上がると、フラットな床の屋上にでる。
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正面には遠くから見えていた4面とも同じ外観の建築が見える。エントランスはイスラム建築の大きな特徴の一つでもある、上部にドームがあるへこみの空間。
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ドームの上部、左右に描かれたイスラムの模様である星形、その星の中にヒンドゥー教を意味する植物の彫刻が設けられている。イスラム教の廟でありながら、大多数のヒンドゥー教を混在させた象徴ともいえる。


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室内はイスラム建築らしく幾何学の模様は見えるが、簡素なイメージ。

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風を取り込む装飾窓が各所にあり、そこから漏れる光が美しい。

以下はガイドさんが教えてくれたベストアングル。

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先ほどの直線的なアプローチを戻る途中、左手の門の向こうに気になる建物があった。

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様式の違いは明らかで、ペルシャ様式のフマユン廟より少し前のイサ・カーン廟だった。

八角形の建物は、外周に柱が建つピロティとなっている。

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先のフマユン廟が面を4つに分けていることに対し、イサ・カーン廟は8つに分けているため中心性が増し、形態に力強さを感じる。比べて見るとその違いが面白い。


更に移動。タクシーは道を急ぐが渋滞。


クトゥブミナールに到着。

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遠くからでもその姿は確認できる高さ。

13世紀、インド最初のイスラム王朝である奴隷王朝によって築かれた。塔の高さは72.5m。柱のリブは四角と円形の組み合わせで他に見ない形式。

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また中間に帯状の文字の彫り物、5段に分割された兆部に柱頭の装飾があり、塔のデザインを特徴づけている。見入ってしまう。

何も語らなくともその権威や威厳は伝わってくる。塔にはそのような力やメッセージが備わっている。以下もガイドさんお勧めのベストポイント。

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塔の周りには壁や頭、梁だけとなった建物の遺構も残っている。

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当時、先に建っていたヒンドゥー教、ジャイナ教の寺院を解体し、その石を使って作られたもの。

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その柱にはそれぞれのモチーフが彫り込まれ、1本の柱の中にいくつもの異なる絵柄を見ることが出来る。

普通に考えれば寄せ集めの整っていないデザインとなる筈だが、そうは感じない。いくつもの時代の痕跡が混在しつつも、何らかの思想でバランされているためだろうか?美を感じた。

敷地内では、デリーの鉄柱と言われる柱が1本自立している。

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紀元415年ごろの建柱と言われ、現在でも地上部での錆は発生していない。


道が渋滞し、予定時間ギリギリとなったが、最後に階段井戸のリホン・キ・バオリへ。

ガイドさんも初めてとのことだった。

下町の居住区にあり、ガイドさんが道を尋ねながら到着。途中の道、簡素な住居、野放しの牛や豚もいて、生活感たっぷりだった。

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階段井戸は、現在は使われておらず、水が上部まで溜まり藻が発生し、残念ながら見たかった井戸の階段部分は見る事ができない。

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ガイドさんも申し訳ない気持ちだと、今は整備され観光地化しているアグラセン・キ・バオリを勧めてくれた。その階段井戸は事前に地図で位置を確認し、ホテルから歩いていけるため、翌日の予定としていた。

車に乗り込む前、ガイドさんより露天のチャイはどうかと聞かれた。


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1杯入れてもらう。なかなか露店の物を頂く勇気はなかったが、ガイドさんのお勧めで試してみた。疲れた体に染みる美味しさだった。

ガイドさんにお金の支払いはと聞くと、「いいよ」とのお返事でご馳走になることにした。

ホテルまで送ってもらい、今日の見学は終了。


夕食はコンノートプレースのSaravana Bhavanで頂く。

チェーン店で一先ず安心かと入ってみた。

カレーとマサラ・ドーサーをオーダー。

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周りの人々は上手に手を使って持ち上げ、そのまま口に。私たちは流石に出来ず、スプーンで頂く。

ドーサーは薄いクレープの様な生地。香ばしく美味しい。



1014

ホテルの窓からジャンタル・マンタルを見下ろす事ができた。

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朝は、まずそちらに向かう事にした。

ジャンタル・マンタルは18世紀の天文台で、「計測する機器」の意味。

建築ではないが建築の様な巨大な機器で、不思議な風景を創り出している。キリコの抽象画の様。

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今は観光客の見学、デリー市民の憩いの場所となっている。

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天文台の本来の意味ではないが、ややシュールなシーンが見える。


そこから歩いてアグラセン・キ・バオリへ。

客引きと思われる人に100m程つきまとわれる。最初の声掛けは自然な成り行きのように感じたが、旅行会社に案内しようとしているようだ。よく読み聞きしたパターンで、二言ほどで軽く勧誘を振り切る。


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アグラセン・キ・バオリは観光地として知名度があり、井戸の深く下って行く階段の各所に、多くの観光客が見られた。

階段井戸は水を確保する為の合理的な施設。そこに宗教的な装飾が加わり、独特の空間を創り出している。

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下までゆっくり階段を下りながら、各層の壁のデザインを見る。

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ここには装飾や彫刻は見受けられず、シンプルなニッチがある。竣工時には、ニッチに像が置かれていたのだろうか?

最下段には少し水が残っていた。今は使われていない井戸の為、水は淀んでいる。

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そこから上部を見上げると吹抜けがあり、天井はドームとなっている。

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天井の黒い物体はすべてコウモリ。何か落ちてきては困る為、写真を撮ってすっと身を引く。


地下鉄を使い、Khan marketへ。

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地下鉄でも特に人に付きまとわれるような事は全くなかった。他の都市と違うとすれば、チケットを通す前に持ち物などのチェックがあるくらいで、清潔でマナーも問題なく、少し拍子抜けしてしまう。


Khan marketを少し散策。

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オールドデリーと異なり、富裕層のお買い物に使われるマーケットらしい。

特に興味を引くものはなかったため、見るだけで終わる。


デリー最後の夜はコンノートプレース・ホテル近くのpind balluchiで頂く。昨日よりやや高めのお店。

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幾つかのカレーをスチームライスで頂く。美味しく食べ続けていると、唐辛子一本を丸々食べてしまったようだ。水とビールで冷まそうとしたが、暫く食べ物を口に入れることが出来なかった。

美味しく完食はしたが、先ほどの唐辛子の辛さ(痛み)はその日ずっと口に残った。


翌日の移動が早い時間帯の為、早々に休む。

滞在中、特に時間の遅れもなく、噂に聞くしつこい勧誘もなく、(かなり注意していたからかもしれないが)お腹を壊すこともなく、事前に見聞きしイメージしていたインド・スタンダードと少し違う印象だった。

凡その感じは分かってきたため、次の機会があれば他の町も訪れてみたいと思う。


1015

早朝と言うより未明の2起床、3時に予約した空港までの車に乗り込む。前日にエアインディアより4間前にチェックインするようにとの要望のメールがあり、予定を早めた。未明のデリーは流石に道が空いている。指定の時間前に到着。

カウンターなどで特に混雑などはなく、4時間前という要望などを聞く人の方が少ない気がした。

7:50発の便でネパール、カトマンズへ。

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2間弱のフライト。カトマンズに到着の少し前、ヒマヤラの山々を雲の上に見ることができた。地上から見る風景と上空では、全く違うものかも知れない。それでも雲の上に突き出た荒い山の形は、高さと険しさを感じる。

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予定の時刻に到着。タラップを降りると、そこは駐機場だった。そのまま建物まで歩く。もちろんパイロットもCAも。

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小さな空港で、飛行機との距離が近い。

入国審査も特に問題なくパス。

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出口付近でタクシーをと探す間もなく、直ぐにプリペイドのタクシーカウンターから声がかかる。料金表を確認し、タクシーに乗り込む。

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ネパールの最初の目的地はカトマンズから東に27kmの山あいの町、ナガルコットだった。

カトマンズ近郊は凄まじい渋滞と砂埃。丁度、雨期が終わり乾季に入ったシーズン。乾燥した空気、十分に舗装されていない道、多くの車、それらで砂埃が発生している。

道は車線があってもその隙間に次々と車、バイクが入り込む。横断歩道も信号も少ないため、その隙間を縫う様に人々が道を渡り、、、これまで見たどの交通事情よりハードな気がする。しかしバランスは保たれている。ぶつかりそうでぶつからず、それぞれある距離感を保っている。

車は徐々に山道に入った。山道になると舗装はほぼ無く、しかも凸凹道でスピードは出せない。成る程、時間がかかるのは納得できる。

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途中、幾つもの集落、人家を目にする。

予約していたホテル、Mystic mountain に昼前に到着。

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ヒマヤラへの眺望を期待して訪れた。ホテルのスタッフの話では、2日前まで山裾の雲は晴れて山々が見えていたそうだ。しかし、到着した日は晴れてはいるが山裾に雲が出て、山々を見ることができなかった。
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1016

日の出時間の30分前、5:30に起床し山への朝日の反射を見ることにした。しかし、昨日から続く霧で既に視界は殆どない。

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残念ながら今回は、ヒマヤラの山々をナガルコットから見ることはできなかった。

ホテルをチェックアウトし、チャーターした車でカトマンズへ。


車は行きと同じく山道の舗装されていない凸凹道を進む。

軽快に進み、1間半程でカトマンズ郊外のドュワリカスホテルに到着。


ドュワリカスホテルはネワール様式の建築で、家具、絨毯に至るまでネパールの物を使われている。窓枠、柱など、創始者のドュワリカ氏が長年に渡り、解体されるネワール様式の建物から収集したもの。その部材を使用しホテルは建設されている。そう言った意味で建築的興味も深く、宿泊の予約を入れていた。
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エントランスは建物の大きさに比して小さく抑え、そこからレセプション、中庭へと空間が連続して行く。中に入ると外の喧騒から離れ、静寂な空気が流れている。

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ネワール様式の建築として見応えのあるものだと思う。

ホテルの彼方此方をまじまじと見ながら散策。


日が暮れない内にと、一旦外に出ることにした。


ホテルからタクシーに乗り、ボダナートへ。

ここにはネパール最大のストゥーバがある。現在、震災後の復旧は終わり、元の姿を見ることができる。

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ストゥーバは円形でその回りに巡礼の回廊があり、それを取り囲む様にお土産やカフェなどの店舗が連なる。ストゥーバの周りには数百のマニ車があり、一つ一つ確り回すと、10分ほど時間がかかった。

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ストゥーバには基壇があり、そこには上がることができる。半円形の球体の上部に四角いハルミカがあり、四方にブッダの目とネパール数字の1が描かれている。

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頂部から四方に張られたタルチョという祈祷旗が風になびいて美しい。


ホテルに戻り再び観察。

ネワール様式に独特の窓枠。開口を開けるための窓の梁に、木製の装飾梁と木製の装飾窓が組み込まれている。組積造の場合、梁は石材の事が多く、またこのようなきめの細かい木製の装飾は他に見られない。

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同様式の窓枠は分解し交換が可能なディテールになっていて、メンテナンスも考慮された構造との事。


夜はホテル内で、ネパール料理だった。コースに組み込まれた一品に念願のモモがあり、満足。

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1017

朝、ホテルが主催しているヨガ教室に参加することにした。

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きっと奥が深い世界なのだろうな、など考えながら1間ほど体をほぐす。

朝食後、ドュワリカスをチェックアウトしタメル地区のマリオットホテルにチェックインした。


直ぐに街に出ることにした。一先ず、カトマンズのダルバール広場を目指して歩く。

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通りの道にはお店が並ぶ。道路はアスファルトで舗装された跡はあるが、傷んだ場所が直されず地面が露出している。道路の半分くらいは土のままのため、車やバイクが通ると土埃が舞い、マスクは必需品の様だ。観光客のみならず地元の人もマスクをしている。道は人、車、バイク、自転車が同列に共有している感じで、クラクションが鳴り続く。それでも事故を目にすることはなかった。公式のルールがないところには、自発的な暗黙のルールが出来上がる。それがモラルと言えるものかも知れない。行政が定めたルールが行動の規範になる社会も、ある意味楽ではあるが、そうで無い過去の物も悪く無いと感じる。

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広場に近くなると、各交差点に市場が開かれ、更に混雑している。右からも左からも前からも後ろからも人と乗り物が行き来してくる。


カトマンズのダルバール広場の北側に到着。ここで、入場料1,000ルピーを支払いエントリーする。パスポートを持って入れば、1日分を追加できる為、後で広場の南にあるサイト・オフィスで手続きを行った。(事前の情報では2日分とのことだったので、変化する可能性があると思います。)

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ダルバール広場に入って直ぐに修復中の寺院、被害のない寺院を見ることができる。

木造とレンガ造のハイブリッド、独特で興味深く見入る。

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カーラ・バイラブの像が此方を見据えている。シヴァ神の化身の一つで恐怖の神とのこと。像の前では決して嘘はついてはならない様だ。


旧王宮の建物を見ながらクマリの館にの方に歩く。

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途中、震災前に建っていた寺院の跡が見られるが、復旧は暫くかかりそうだ。

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一部の建物は中国政府の援助で工事を行っている。


小さな入り口を通りクマリの館の中庭に入ることができる。窓の木枠が美しい。

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今回は中庭のデザインのみ見て、外に出る。


広場にはお土産の露店が多数出ている。

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見ているだけでも楽しい。ここでも強くセールスで押されることはなく進む。


2階席のカフェで一休み。モダンなカフェもカトマンズには多数あり、ここはチェーン店のヒマラヤン・ジャヴァ。

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再び広場に戻り、ハヌマン像の脇からナサル・チョークに入る。


中庭には凛々しい衛兵が立っていた。写真をとって良いか聞くと、快くOKだった。

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レンガ造の壁、回廊、庇、その向こうに塔状の建物、中庭が美しい。

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中庭から中庭へ、低い門を潜って移動する。


タクシーをとスワナンブヤートの方向へと歩を進める。しかしローカルすぎる道なのか、なかなかタクシー見つからない。歩いているうちに距離も大分縮まった。グーグルマップのGPSは、ネットの接続がなくても正確に自分の位置を示してくれる。地図を見ながら歩いて行くことにした。どうやらカトマンズ市民の生活エリアを歩いている様だ。散髪屋、八百屋、荒物屋、など見ていて面白い。凸凹の泥道もさほど苦にならず歩く。

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きっと日本にもかつてあった風景の様な気がする。良し悪しは別として、どの様な国でも発展の過程に同じ様な風景があって、その過程が早く通り過ぎるか遅いか、他国より時期が早いか遅いかの違いかと思う。

ネパールはどちらも遅いと言える。グローバリズム的観点で見れば経済的・文化的に遅れた国となるかも知れない。しかし、違う観点で見れば、独自の経済体型と文化を保っているとも言える。

そんなことを考えながら、結局、2㎞程の距離を歩いた。

橋に差し掛かった。学校を終えた学生たちが元気に橋を渡って行く。

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スワナンブヤート寺院の麓に到着。丘の上に建つ寺院で、階段を上らなくてはならない。カトマンズ自体の標高は1,300m。気圧が低く息が切れる。

階段が丘の頂上に近付くと、徐々にストゥーバが見え出す。

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頂上に上がるとストゥーバの周りにマニ車があり、ここでも車を回しながら一周した。

丘の上からはカトマンズの市街地を一望できる。

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下山し、タクシーでタメル地区に戻る。


夕食はネットでチェックしていたnorth field cafeへ。

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伝統楽器の音楽も楽しむことができるとのことだった。6:30前にステージに楽器を持った人たちが上がり、演奏は始まった

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ステージの直ぐ横のテーブルで、始まる前に二言三言話し、特に日本人とは私からは伝えなかったが、4曲ほど日本の歌を演奏してくれた。

楽しく過ごさせてもらった。伝統音楽や伝統舞踏はそれぞれ趣があり面白い。出来るだけその土地で聞く様、心がけている。


1018

ホテルから大通りに出ると、直ぐにこちらの様子を見て、若い男性が近付いてくる。タクシードライバーかと聞くとyes、パタンまで幾ら?600ルピー!、、交渉成立。車は軽快に進む。これまでの所、どのドライバーも真面目そうで良い印象。いつも思うが、ドライバーの様子はその国の治安の状態を表しているように感じる。

パタンのダルバール広場の南に到着。主だった交差点の各所にバザールであるチョークがあり、ここも大変な賑わいだった。それでもカトマンズのダルバール周りよりやや穏やかな印象。

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入り口で1,000ルピーの入場料が此処でも必要とされ、事前の情報より値段が上がった様だ。

広場に入る前に、道の向かいにある古い寺院に上がることを勧められた。

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少し高い位置から広場を一望できる。今日は雲がなく山を一望できた。

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カトマンズのダルバール広場の地震の被害はカトマンズほど大きく無く、多くは倒壊せずに残っていた。

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広場の入り口付近にクリシュナ寺院がまず目に入る。17世紀の建物。一見、バロック建築の様にも感じる。内部には入ることができないが、回廊は一周できる。

どう言う脈絡でこの様な様式の寺院が出来上がったのだろう?興味深い。


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すぐ向かいに旧王宮がある。入り口付近のベンチに地元の高齢の人々が腰を下ろし、お喋りで楽しそうに時間を過ごされている。じっと見ていると手招きで座れとのお誘いだった。


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旧王宮の門をくぐると中庭、その中庭から次の中庭へと空間が連続していく。その中庭の一つに沐浴場がある。きめ細かい石の装飾。木のみならず石でも装飾は繊細なデザイン。
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ここでも、レンガと装飾された木枠の組み合わせが美しい。

柱、大きく張り出した屋根を支える方杖にも装飾が施され、暫し目を奪われる。

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王宮の一部がパタン博物館となっている。ヒンドゥー教、仏教の像が展示され、そのデザインの変遷や違いは興味深い。

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展示スペースには各所にベンチ付きの窓が設けられている。

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窓から漏れる光が美しい。その窓から乾いた空気が入り込み、室内は過ごしやすい。広場を見下ろす窓もあって、当時の王族の日常の過ごし方を感じることができた。3階の中庭側には四周に廻るバルコニーがある。屋根の方杖を兼ねたデザイン。
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もう一つのクシュリナ寺院は、全壊は免れた様だが、改修中。

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その他、原型は残しながらも改修は続いている。

カトマンズ、パタン、バクタプルの中では、パタンが最も被害が少ない様に感じた。

街の交差点付近で、ダルマシャーラを発見。

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公共の休憩所で歴史は古い。今も現役で使われている。床に座り、お喋りをする人々の姿をよく見た。ネパールの現代の市街地では道の喧騒は相当なものだが、その道に面するダルマシャーラはゆっくりとした時間が流れている様に感じる。


今日はネパールの宗教的なお祭り、ククル・ティハールの日(ククルとは犬の事)らしい。あちこちでマリーゴールドの首飾り、ティカと云う眉間の赤い印をつけた犬を目にする。可愛い。

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ダルバール広場を見下ろすカフェで一休み。写真はそこからの物。

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広場から少し歩いてマハボーダ寺院へ。

入り口がお店の並びにあって分かりにくい。細い路地を通り、低い門を潜って寺院の塔に至る。

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カトマンズの仏教建築には見られない形式で興味を持ち、見学の予定に入れていた。

残念ながらこちらも改修中で足場が回り、全景を見ることが難しい。建物に囲まれて周辺に余地もなく、目立たぬ様に、しかし高く象徴的に建てられた塔。答えは出せそうにないが、その意味を考えてしまう。


パタンの街を散策。

フルーツを売る人々を多く見かける。

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ネパールのフルーツは美味しい。


ため池とパタンの街並み。

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街中で見つけた小さな寺院の前にいる獅子。

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ユーモアか?それとも何か別の表現か?


再びカトマンズのダルバール広場へ。

15:30位にクマリの館に到着した。

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16時に中庭に面する3階の窓から、クマリが顔を出すこととなっている。

時間が近付くと中庭は外国人旅行者でいっぱい。

16時ごろ、係の方から窓面から下がり、カメラをしまう様指示があった。

その窓の奥から小さい子のぐずる声が聞こえる。クマリはまだ3歳。暫くして、しっかりと顔を出して中庭を見下ろし、数秒後、奥に控えていった。

夜のタメル地区をホテルに戻る。

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昼にも増して賑わっている。


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今日もホテルの前の大通りでタクシードライバーをつかまえる。

バクタプルまで車を出してもらう。

山の周りの雲が晴れて途中の道、ヒマラヤの山々を見ることができた。

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30分ほどでバクタプルのダルバール広場に到着。

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ここでも広場への入場料が必要で、金額は1,000から1,500ルピーに値上げとなっていた。

全壊を免れた寺院がまず目に入る。

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その直ぐ横に2階がカフェで1階がピロティになっている建物がある。これもダルマシャーラだろうか?観光客、地元の人々、多くの人が一休みしている。縁側の様な空間で気持ち良い。腰を下ろし、暫し時間を過ごす。乾いた空気が通り抜ける中、人々の往来を見ていると、ここでは緩やかな時間が流れる様に感じる。喧騒と静寂。暫し座ってみる。風が気持ち良い。


旧王宮の入り口であるゴールデンゲートをくぐり奥へ。中庭には入ることが出来るが、その奥にあるタジュレ・チョークはヒンドゥー教徒しか入ることが出来ない。

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その直ぐ横にある55窓の宮殿がある。

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その向かいにパシュパティ寺院、倒壊してしまった建物の跡がある。パシュパティ寺院の方杖の装飾に目がいく。他の寺院と異なり、官能的な表現がなされている。その由来は後日調べてみようと思う。
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ダルバール広場から600m程のタチュバル広場に向かって歩く。通りの道はお店が連なり賑やかな雰囲気。

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バクタプルの路面はレンガが敷かれ、比較的土埃が少ない。王朝があった時代の事業だろうか?カトマンズよりも歴史の深さを感じる。此処でも強いセールス等は無く、背後から近づくバイクや車に気を配りながら、楽しく散策する。

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タチュバル広場は、通りに比べると落ち着いた雰囲気。

ダッタトラヤ寺院、孔雀の窓をしげしげと眺める。

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広場に面した2階のカフェで休憩。オーダーはラッシー。

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タチュバル広場からダルバール広場に戻る方に歩き、そのまま進むとトウマディー広場に至る。此方は大変な喧騒だった。人、物、乗り物が入り乱れ動いている。人も色々な人々とすれ違い、ぶつかりそうになる。

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観光客、物売り、物乞い、暇を持て余す年配の人たち、などなど。

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この広場の一番の見所はニャタポラ寺院ではないかと思う。縦に伸びた五層の屋根を持つ30mの建物。シルエットが美しいと感じる。その基壇まで急な階段を上がる。
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そこからの広場の見下ろしは、先ほどの喧騒と静寂の対比を感じる。下界と上界。


バクタプルを後にカトマンズに戻る。

夕暮れ時、街に出ることにした。

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今日はネパールのお祭りラクシュミ・プジャ(お金の女神)らしい。良いタイミングに来たものだ。ご利益ご利益!
各店舗の入り口に、綺麗な絵が描かれていた。そのお店には子供たちがお菓子やお小遣いを集めにくる風習。何処にも似た様なお祭があるものだと感じる。

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夕食にと事前にチェックしていたNew Everest Momo Centerへ。

ここはローカルな人たちが集まるお店で、一皿10個で80ルピー、110円弱と言ったリーズナブルな値段設定。

ネット上の評価は高く、行ってみることにした。

入ると、やはり地元の方ばかり。奥にカウンターがあって、おじさんがにっこり。何個にしますか?と尋ねられる。

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オーダーして間もなく、モモはアルミのお皿に乗ってやってきた。乳白のスープはやや辛目。モモにかけて食べる。モモは餃子に似た食感。美味しい!直ぐに全て食べてしまった。

ホテルまでの道も変わらずにぎやかだった。

ネパール最後の夜は、お祭りの喧騒の中に静かに暮れていく。



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午後の便でカトマンズからデリーへ。その後、デリーから関空へと、殆ど時間の遅れはなく到着。


インドとネパールという2つの国を一度に訪れたことで、その違いから多くの事を考え、また得るものが多かった旅だったと思う。何れもいつかまた行ってみたい。


毎回旅が終わると、さて次はどこへ行こうと、つい考えてしまう。


by kawazoede | 2017-10-23 18:29 | インドとネパールの旅'17 | Comments(0)
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